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サンプリング:そこからの新たなクリエイション

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最近、ヒップホップの元ネタを聞くことが多くなった。
そのきっかけとしてNetflixにてGet Downというドラマを見始めたからなんだけど、
このドラマが結構面白い。
ヒップホップがどのようにはじまったかのお話。
若い俳優さんたちが当時のNYの雰囲気を上手に作り上げている。

あっという間に6話見てしまった。

その中である曲が流れていて、あれこれって誰がサンプルしたんだっけ?と
記憶をたどっていきながらやっと見つけた曲がこれ。

他にも「あーー このブレイク誰のだっけとか」ドラマと共に昔の音楽を思い出す
忙しないドラマ鑑賞だった。

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そんなヒップホップにあるサンプリング。
曲のいち部分を取って、それを新たな曲につくり上げる行為であり
ヒップホップやR&Bではしょっちゅう使われている手法だ。

最近は訴訟とかロイヤリティとか色々とうるさいのだが、昔はどれだけバレないようにするとか
サンプリングを使わない作曲にこだわるプロデューサーもいたりして
それはそれで面白かった時代だった。

さてさて、ヨガもある意味サンプリングじゃないのかなーとか
思う最近。

「教え」は人を通してしまうと必ずその伝道者のフィルターを通ってしまう。
どれだけ忠実に伝えようと思っていても、100%同じではない。同じになれるわけがない。
(100%同じだと言いはる人も居ると思うけど)

考え方、教え方、触り方、言い方
100人いれば100人全員違うはずである。
でもそれでいいんじゃないだろうか?

アシュタンガヨガがいい例じゃないかな?
同じシークエンスだが、教える人によって
強調部分が違ったりする。

たまに若い先生達がこれでいいのだろうか?という
悩み事を相談受ける時があるんだけど。
正しいと言えばそうだろうし、
違うといえば違うから何とも言えない。

まぁそのエッセンスさえ保ち、
生徒さんが幸せならばそれが一番重要なんじゃないだろうか?
だからといってなんでもやっていいというわけではないんだけど
良い先生とはそこらへんのさじ加減が上手だと思う。

人を変えようとしないように

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他人を変えた時に、生じる傲慢さそして独りよがりな感情

変えれない時には失望感、そして間違っていると指さしたくなる。

でも変えられた人は言い訳ができるようになり

変えれなかった人は貴方の陰口をいうでしょう。

人の考え方を変えようとしないでください。

その代わりに貴方が素敵な人になりなさい。

貴方の生き方を真似したくなるような輝く日々を。

それだけでいいんです。

あまり好きで無いことは自分の中にあるかも?

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僕の先生は常に「他人のせいにするのを辞めなさい」と言っていました。

どれだけ自分に非がないとしても、その選択を下すのは自分であり、
もし自分の選択外における出来事があったとしてもそれはカルマであるという風に説いてくれたのです。

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自分が他人と接する時に嫌な考え方、嫌な発言が有ったとしましょう。
それに反応する自分がいます

私達はその考え、発言に触れた瞬間、
1)シャットアウトする
2)反論する
3)なぜこういう嫌な感情が浮き上がるのかを考える。

の選択肢があると仮定します。

ヨギー的な考えだと3番が一番良いと思いますが
それでも1や2を選ぶ時があるかもしれませんよね。

僕個人的には皆様がどれを選んでもいいのですが、
絶対やってほしくないのは1−2を選んだからと言って
自己嫌悪に陥らないでください。

心というのはアクションに対して必ず何かしらのリ・アクション
反動がでます。
心の余裕があれば 後々には3番を選ぶ選択肢がでるかもしれませんが
もしかしたら 今じゃないかもしれない。
ハンドスタンドも直ぐ出来ないように練習と共にその答えがいつかはでるかもしれません。

ただ同じ選択を何度も繰り返しているのであれば、
その理由を考えてみて、学ぶ努力をしましょう。

そして最後に、その嫌な部分について考えぬくともしかしたらその嫌な部分は
自分自身の中に存在していて、自分が嫌と思っている気質かもしれません。

世の中の聖者と呼ばれている方々は特別ですが
彼らは自分と他人を分け隔てる壁を自己への問いによって
取り除いた、私達と同じ人であったのではないでしょうか?

自分の弱い部分も愛してみると素敵になれるかもしれませんね。
はあと

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